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| 日時 | タイトル |
|---|---|
| 2026/07/28(火) 08:00 | MFBメンター通信 「自分が嫌い」の意味が変わった? |
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MFBメンター通信
「自分が嫌い」の意味が変わった?
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こんにちは。人間力研究所 MFBメンターの
ゆだひろかずです。
人間力研究所とは、誰もがメンターという
相談相手を持てる世の中づくりを目指し、
MFBメンターを育成している一般社団法人です。
今日、皆さんと一緒に私が考えてみたいテーマは、若い世代の方がよく使う「自分が嫌い」についてです。生業の婚活者へのカウンセリングなどでこの言葉を頻繁に耳にすることがあり、前から気になっていました。少し長くなりますが、最後までお読みいただけると嬉しいです。
結論から述べると、若い世代を苦しめるのは、自己肯定感の低さではなく「自分を採点し続ける」自分自身と、周囲の目ではないか——
「自分が好きになれない」
「自分が嫌いなんです」
カウンセリングでも、若者を描いた小説やドラマでも、音楽でも、このセリフに出会うことが増えました。辻村深月の小説『傲慢と善良』にも、Adoの歌声が抱える自我の葛藤にも、自分を持てあまし、自分自身と折り合えない若者の感覚が支配的に流れています。
なので、「自分が好きだ」とか「自分が嫌いじゃない」と言おうものなら、奇異な目で見られる空気があると、Z世代の息子やその上の世代の会員の口から聴いたことがあります。「自分が嫌い」——この言葉を、私は長い間、字義どおりに受けとっていました。その人は、自分という存在そのものを好きになれず、心の底で否定しているのだろう、と。
けれども最近になって、その理解だと深いところで、どうしてもわかり合えないというか、悩みの核心に触れられていないと思うようになりました。
私の理解は根本からずれていたのではないか。「自分が嫌い」という同じ日本語でも、世代によって指しているものがまるで違うのではないか。
それは、私にとって、小さくない衝撃でした。
もちろん、昔も、自分を否定する若者は大勢いました。ただし、その苦しみは、今より社会との関係がはっきりしていました。
働いても会社で評価されない。同世代が結婚して家庭を持つなかで自分だけが取り残された。親や周囲から期待された役割に応えられない。そんなときにこぼれる「自分はダメだ」には、世間の標準から外れた焦りや、社会から不合格の烙印を押されたような屈辱が含まれていました。
自分を責めてはいても、採点基準は外側にあったのです。
どんな会社で働き、社会人として一人前か。結婚して家庭を築いているか。近所や親戚から後ろ指をさされない生活をしているか。息苦しい基準でしたが、少なくとも「敵」の姿は見えていました。
なので、社会の基準そのものを拒む生き方も成立します。「世間体なんて知るか」「会社の歯車にはならない」と背を向けることが、反抗であると同時に、一つの自己肯定になり得ました。社会からはみ出しても、「自分は自分の道を選んだ」と言い張る余地が残されていたのです。
それが強がりやナルシシズムを伴っていたとしても、社会に適応できない自分を、社会の側を疑うことで自己救済する道はありました。
いまの若い世代が苦しんでいるのは、かつてのような社会的不適応だけではありません。幼い頃から、「周囲に合わせなさい」としつけられる一方で、「自分らしく生きなさい」とも求められてきました。安定した一流会社に入れば人生の成功者が約束された物語が崩れたあとには、好きなことを見つけ、仕事や生き方へ結びつけ、自分だけの価値を発信するという、さらに難しい課題が残されました。
ただ職業を選ぶのではなく、「その仕事を選んだ自分」に納得しなければならない。楽しく暮らすだけでは足りず、自分らしい人生を生きていると実感し(リア充)、その「自分らしさ」が本物であることを他人にも自分にも証明しなければならない。
これは選択と自由の拡大であると同時に、自己責任の拡大でもある。
かつては社会の決めた「正解」に従うことが求められました。現在では、自分で「正解」を作って選び、結果を引き受け、さらにはその人生を魅力的に見せることまで要求されます。
選択肢が増えれば、人は自由になる。それが豊さの証し。私たちの社会は長くそう信じてきました。
ところが、選択肢が無限にある世界では、選ばなかった可能性が消えません。別の仕事や相手を選んでいたら、もっと早く行動していたら、自分の才能を正しく見つけていたら。人生のどこにいても、「もっと良い自分になれたかもしれない」という未練がつきまといます。
その結果、若者は社会から評価される前に、自分で自分を監視するようになりました。いまの選択は間違っていないか、自分の人生は停滞していないか、幸福そうな誰かと比べて何が欠けているのかと、答えの出ない査定を続けます。
昔は社会が鏡で、社会が教師でした。
いまは自分の内側に教師が住み、SNSを資料に生成AIの回答を参照しながら、休みなく赤ペンを入れてくるのです。
けれども、時間をかけて話を聴いていくと、自分を完全に見放している人は意外に少ないことに気づきます。むしろ、自分への期待が強く残っているのです。
本当の私は、もっと魅力的な人間であるはずだった。自然に人を好きになり、自分に合う仕事を選び、親密な関係にも臆せず、誰かから愛されることを素直に受け取れるはずだった。けれども、現実の自分はその理想に追いついていない。
その落差を、「自分が嫌い」という一言で表わしているのでしょう。
だとすれば、この言葉は純粋な自己嫌悪ではありません。
自分への愛着を捨てられないからこそ、理想に届かない自分が許せなくなる。まだ何者かになれると信じているから、何者にもなれていない現在を受け容れられない。そこには自己否定だけでなく、過大な期待と、傷つく前に自分を低く見積もる防衛が混ざっています。
「自分が嫌い」と先に言えば、他人から否定されたときの痛みを和らげられます。自分から選ばなければ、選択を誤る責任を負わずに済む。「自分が嫌いだから仕方がない」と説明できれば、たとえば婚活で誰かを値踏みしている自分や、失敗を恐れて動けない自分を、正面から見なくて済む場合もあります。
だからといって、苦しみが偽物なのではありません。複数の感情が一つの言葉へ押し込められているからこそ、本人にも扱いにくいのです。
さいごに一つ、私自身の体験を置いて終わりにします。
子どもから「自分が嫌い」と聴かされたとき、親世代はつい、自分たちの若い頃の感覚で受けとってしまいます。
しかし、子どもが苦しんでいるのは、単に自信がないからでも、親の愛情が足りなかったからでもない。
自分を好きになる方法がわからないのではなく、自分を評価しない時間の過ごし方がわからないのかもしれません。
何かをしているあいだも、それが将来の役に立つか、成長につながるか、同世代の競争相手からどう見えるかを考えてしまう。趣味は発信の材料になり、経験はプロフィールを飾る実績になり、休息さえ「充実した休日」として演出されます。
これでは、自分を好きになる以前に、自分とただ一緒にいることが難しくなります。
親が最初にすべきなのは、「あなたには価値がある」と急いで説得することではないでしょう。そう言われても、本人の内側にいる採点者は黙りません。
必要なのは、「今日は何点だったのか」を問わなくてもよい時間を、関係のなかに取り戻すことです。
結果を出さなくても、成長を説明できなくても、何者かになろうとしていなくても、ここにいてよい。その感覚は、自己肯定の決まり文句からは生まれません。失敗しても関係が壊れず、うまく話せない日にも見捨てられない経験のなかで、少しずつ身体に入っていくものです。
私はもう、会員の「自分が嫌い」という言葉を、そのまま自己肯定感の低さへ結びつけることはできません。
その背後には、社会から脱落する恐怖だけでなく、無数の可能性を生かし切れない焦りがあります。自分らしく生きることを求められながら、その「自分らしさ」がわからない葛藤があり——Z世代の代弁者と目されることの多いAdoの歌唱の中には、この葛藤の感覚や感情だけでなく、「ダブルバインド」というそのものズバリの歌詞が登場します——、どこへ逃げても比較と評価が追いかけてくる疲労感があります。
Z世代の自己否定は、自分の内側に取り込んだ無数の物差しで、自分を測り続ける苦しみなのかもしれません。
同じ日本語を話していても、同じ心の苦しみを語っているとは限りません。
子どもが「自分が嫌い」とつぶやいたとき、親世代がすぐに励ましたり、原因を探したりする前に、確かめるべきことがあります。
あなたが嫌っている「自分」とは、いったい誰なのか。
いまここにいる生身のあなたなのか。それとも、SNSや周囲の期待、叶わなかった可能性をつなぎ合わせて作られた、架空の理想像なのか。
若者が嫌っているのは、自分そのものではないかもしれません。
終わりのない自己採点をやめられない自分と、学業を終えて社会人になっても、その採点からなかなか降ろしてくれない世の中に、疲れ果てているだけなのかもしれないのです。
(了)
【MFBおしゃべり広場】
おしゃべり広場は毎月1回1時間、ひとつのテーマについて、
いつものメンバーやゲストの皆さんと一緒におしゃべりするYouTubeライブです。
次回テーマは
「自分のことが嫌いですか?」
「自分が嫌い」という同じ言葉でも、その奥にある思いは人によって違います。
人の話を聴いて初めて、「私の"自分嫌い"とは少し違う」「自分にもこんな思いがあった」と気づくこともあります。
話してみたい方も、まずはライブで聴いてみたい方も、どうぞ気軽にご参加ください!
次回実施日
8月19日(水)20:00~21:00
ご一緒におしゃべりしませんか?
アバター、ニックネームでの参加もOKです!
参加をご希望の方は、こちらからお申し込みください。
https://vdiloveandvision.com/Lh619/13891
ライブを視聴される方は、
当日お時間になりましたら下記ページから「live」をクリックしてご覧ください。
コメントでのご参加も、ぜひお待ちしています!
https://vdiloveandvision.com/Lh619/23891
(過去のライブ映像もご覧いただけます)
担当:湯田佐恵子、横井恵
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自分の強みや課題を見つけたい方におすすめです。
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【湯田佐恵子 湯田博和 横井恵MFBトレーナー】
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東京都港区三田3丁目1―5 第1奈半利川ビル3階
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今日、皆さんと一緒に私が考えてみたいテーマは、若い世代の方がよく使う「自分が嫌い」についてです。生業の婚活者へのカウンセリングなどでこの言葉を頻繁に耳にすることがあり、前から気になっていました。少し長くなりますが、最後までお読みいただけると嬉しいです。
結論から述べると、若い世代を苦しめるのは、自己肯定感の低さではなく「自分を採点し続ける」自分自身と、周囲の目ではないか——
「自分が好きになれない」
「自分が嫌いなんです」
カウンセリングでも、若者を描いた小説やドラマでも、音楽でも、このセリフに出会うことが増えました。辻村深月の小説『傲慢と善良』にも、Adoの歌声が抱える自我の葛藤にも、自分を持てあまし、自分自身と折り合えない若者の感覚が支配的に流れています。
なので、「自分が好きだ」とか「自分が嫌いじゃない」と言おうものなら、奇異な目で見られる空気があると、Z世代の息子やその上の世代の会員の口から聴いたことがあります。「自分が嫌い」——この言葉を、私は長い間、字義どおりに受けとっていました。その人は、自分という存在そのものを好きになれず、心の底で否定しているのだろう、と。
けれども最近になって、その理解だと深いところで、どうしてもわかり合えないというか、悩みの核心に触れられていないと思うようになりました。
私の理解は根本からずれていたのではないか。「自分が嫌い」という同じ日本語でも、世代によって指しているものがまるで違うのではないか。
それは、私にとって、小さくない衝撃でした。
もちろん、昔も、自分を否定する若者は大勢いました。ただし、その苦しみは、今より社会との関係がはっきりしていました。
働いても会社で評価されない。同世代が結婚して家庭を持つなかで自分だけが取り残された。親や周囲から期待された役割に応えられない。そんなときにこぼれる「自分はダメだ」には、世間の標準から外れた焦りや、社会から不合格の烙印を押されたような屈辱が含まれていました。
自分を責めてはいても、採点基準は外側にあったのです。
どんな会社で働き、社会人として一人前か。結婚して家庭を築いているか。近所や親戚から後ろ指をさされない生活をしているか。息苦しい基準でしたが、少なくとも「敵」の姿は見えていました。
なので、社会の基準そのものを拒む生き方も成立します。「世間体なんて知るか」「会社の歯車にはならない」と背を向けることが、反抗であると同時に、一つの自己肯定になり得ました。社会からはみ出しても、「自分は自分の道を選んだ」と言い張る余地が残されていたのです。
それが強がりやナルシシズムを伴っていたとしても、社会に適応できない自分を、社会の側を疑うことで自己救済する道はありました。
いまの若い世代が苦しんでいるのは、かつてのような社会的不適応だけではありません。幼い頃から、「周囲に合わせなさい」としつけられる一方で、「自分らしく生きなさい」とも求められてきました。安定した一流会社に入れば人生の成功者が約束された物語が崩れたあとには、好きなことを見つけ、仕事や生き方へ結びつけ、自分だけの価値を発信するという、さらに難しい課題が残されました。
ただ職業を選ぶのではなく、「その仕事を選んだ自分」に納得しなければならない。楽しく暮らすだけでは足りず、自分らしい人生を生きていると実感し(リア充)、その「自分らしさ」が本物であることを他人にも自分にも証明しなければならない。
これは選択と自由の拡大であると同時に、自己責任の拡大でもある。
かつては社会の決めた「正解」に従うことが求められました。現在では、自分で「正解」を作って選び、結果を引き受け、さらにはその人生を魅力的に見せることまで要求されます。
選択肢が増えれば、人は自由になる。それが豊さの証し。私たちの社会は長くそう信じてきました。
ところが、選択肢が無限にある世界では、選ばなかった可能性が消えません。別の仕事や相手を選んでいたら、もっと早く行動していたら、自分の才能を正しく見つけていたら。人生のどこにいても、「もっと良い自分になれたかもしれない」という未練がつきまといます。
その結果、若者は社会から評価される前に、自分で自分を監視するようになりました。いまの選択は間違っていないか、自分の人生は停滞していないか、幸福そうな誰かと比べて何が欠けているのかと、答えの出ない査定を続けます。
昔は社会が鏡で、社会が教師でした。
いまは自分の内側に教師が住み、SNSを資料に生成AIの回答を参照しながら、休みなく赤ペンを入れてくるのです。
けれども、時間をかけて話を聴いていくと、自分を完全に見放している人は意外に少ないことに気づきます。むしろ、自分への期待が強く残っているのです。
本当の私は、もっと魅力的な人間であるはずだった。自然に人を好きになり、自分に合う仕事を選び、親密な関係にも臆せず、誰かから愛されることを素直に受け取れるはずだった。けれども、現実の自分はその理想に追いついていない。
その落差を、「自分が嫌い」という一言で表わしているのでしょう。
だとすれば、この言葉は純粋な自己嫌悪ではありません。
自分への愛着を捨てられないからこそ、理想に届かない自分が許せなくなる。まだ何者かになれると信じているから、何者にもなれていない現在を受け容れられない。そこには自己否定だけでなく、過大な期待と、傷つく前に自分を低く見積もる防衛が混ざっています。
「自分が嫌い」と先に言えば、他人から否定されたときの痛みを和らげられます。自分から選ばなければ、選択を誤る責任を負わずに済む。「自分が嫌いだから仕方がない」と説明できれば、たとえば婚活で誰かを値踏みしている自分や、失敗を恐れて動けない自分を、正面から見なくて済む場合もあります。
だからといって、苦しみが偽物なのではありません。複数の感情が一つの言葉へ押し込められているからこそ、本人にも扱いにくいのです。
さいごに一つ、私自身の体験を置いて終わりにします。
子どもから「自分が嫌い」と聴かされたとき、親世代はつい、自分たちの若い頃の感覚で受けとってしまいます。
しかし、子どもが苦しんでいるのは、単に自信がないからでも、親の愛情が足りなかったからでもない。
自分を好きになる方法がわからないのではなく、自分を評価しない時間の過ごし方がわからないのかもしれません。
何かをしているあいだも、それが将来の役に立つか、成長につながるか、同世代の競争相手からどう見えるかを考えてしまう。趣味は発信の材料になり、経験はプロフィールを飾る実績になり、休息さえ「充実した休日」として演出されます。
これでは、自分を好きになる以前に、自分とただ一緒にいることが難しくなります。
親が最初にすべきなのは、「あなたには価値がある」と急いで説得することではないでしょう。そう言われても、本人の内側にいる採点者は黙りません。
必要なのは、「今日は何点だったのか」を問わなくてもよい時間を、関係のなかに取り戻すことです。
結果を出さなくても、成長を説明できなくても、何者かになろうとしていなくても、ここにいてよい。その感覚は、自己肯定の決まり文句からは生まれません。失敗しても関係が壊れず、うまく話せない日にも見捨てられない経験のなかで、少しずつ身体に入っていくものです。
私はもう、会員の「自分が嫌い」という言葉を、そのまま自己肯定感の低さへ結びつけることはできません。
その背後には、社会から脱落する恐怖だけでなく、無数の可能性を生かし切れない焦りがあります。自分らしく生きることを求められながら、その「自分らしさ」がわからない葛藤があり——Z世代の代弁者と目されることの多いAdoの歌唱の中には、この葛藤の感覚や感情だけでなく、「ダブルバインド」というそのものズバリの歌詞が登場します——、どこへ逃げても比較と評価が追いかけてくる疲労感があります。
Z世代の自己否定は、自分の内側に取り込んだ無数の物差しで、自分を測り続ける苦しみなのかもしれません。
同じ日本語を話していても、同じ心の苦しみを語っているとは限りません。
子どもが「自分が嫌い」とつぶやいたとき、親世代がすぐに励ましたり、原因を探したりする前に、確かめるべきことがあります。
あなたが嫌っている「自分」とは、いったい誰なのか。
いまここにいる生身のあなたなのか。それとも、SNSや周囲の期待、叶わなかった可能性をつなぎ合わせて作られた、架空の理想像なのか。
若者が嫌っているのは、自分そのものではないかもしれません。
終わりのない自己採点をやめられない自分と、学業を終えて社会人になっても、その採点からなかなか降ろしてくれない世の中に、疲れ果てているだけなのかもしれないのです。
(了)
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「自分のことが嫌いですか?」
「自分が嫌い」という同じ言葉でも、その奥にある思いは人によって違います。
人の話を聴いて初めて、「私の"自分嫌い"とは少し違う」「自分にもこんな思いがあった」と気づくこともあります。
話してみたい方も、まずはライブで聴いてみたい方も、どうぞ気軽にご参加ください!
次回実施日
8月19日(水)20:00~21:00
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アバター、ニックネームでの参加もOKです!
参加をご希望の方は、こちらからお申し込みください。
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ライブを視聴される方は、
当日お時間になりましたら下記ページから「live」をクリックしてご覧ください。
コメントでのご参加も、ぜひお待ちしています!
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(過去のライブ映像もご覧いただけます)
担当:湯田佐恵子、横井恵
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【湯田佐恵子 湯田博和 横井恵MFBトレーナー】
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日程など詳細はお問い合わせください。
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